7月11日

他の流れの縄張りに出向いていく。
いわば流相互の表敬訪門である。
PM3:00 各流れのT詰所Uに男達が集合する。 
PM4:00 山小屋出発。
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[real audio 28.8]
録音担当:武田公二
 連日の強行軍は骨身にしみる。「朝やって、また昼もやるのか・・」。そんな言葉がどこからか聞こえた。“朝山”の神聖な空間に『人間の普遍性』を感じ、それなりの充実感を得て帰路についたまではよかったが、さすがに事務所で仮眠をとった。 

 7月11日、午後2時。我々は“他流舁”の音ロケのため櫛田神社へと向かった。“他流舁”とは他の流れに出向いて山を舁く。互いをたたえ合い、挨拶をして廻ることだ。『博多祇園山笠』は、ただの祭りではなく神事なのだ。 

 櫛田につくと、予想以上に人が多い。警備の人に尋ねてみると、T櫛田入りUの練習があるというのだ。桟敷席の方を見ると、ちらほらと観光客らしい人達が座っている。 

 T櫛田入りUとは、山止めをスタートした山が、櫛田神社の境内につくられたT清道旗Uを廻り、境内を出るまでのタイムを競いあうものである。その境内の回りを取り囲むようにして作られた客席のことを桟敷席という。 

 本番とはまたひと味違った櫛田入りの音を録れるかもしれない。我々はその桟敷席に上がってみることにした。“追い山”本番と、その前に行われる“追い山馴らし”では、桟敷席は有料となる。しかも、チケットを入手するのは困難を極める。 

  桟敷は、人一人がやっと通り抜けることができる狭い隙間が入り口である。我々は、音を収録するのに一番良さそうなポイントを探すことにした。単純なパイプの組み合わせだけで作られたアリーナの、色々な場所から狙ってみる。結局、二階席のようになっていて、山が清道に入ってくるところが狙える一番端に陣取った。ブームを伸ばせば、ほとんど真上から録ることが出来るかもしれない。我々にはそういう期待があった。 

 準備をしていると、締め込みをした男達が何人か集まってきた。T大黒流れUだ。我々は早速マイクを構え、耳を澄ます。次第に男達の声が増えてきて、遠くから山が近づいて来る。 

 山は一旦スタート地点である山止めで止まり、清道入りの準備を始めた。 

 「3分前」 

 “追い山”本番の時に聞く声と同じだ。テレビの画面で見たことのある光景が始まった。 

 先頭に立つのはT鼻どりUである。左右1番棒のT表UとT見送りUにあるT鼻縄Uと呼ばれる縄を持ち、山の舵を取る。先頭のT鼻どりUの次にT棒鼻Uがつく。担ぎ棒の棒先の舁き手のことで、台に近い方をT台下Uと呼ぶ。続いて、台の左右下の部分を担ぐ舁き手がTきゅうり舁きU。ここがもっとも危険な場所である。もし、山が崩れたら台の下敷きになってしまう。 

 「2分前」 

 舁き山に寄り添うように子供二人が、水を入れた桶をかついで立っている。T水担いUと呼ばれる彼等がT鼻どりUに水を飲ませているのだ。 

 「1分前」 

 持ち場に着いた男達は、呼吸を整え、スタートの時を待っている。桟敷席にいるまばらな観客も固唾をのんで見守る瞬間だ。それは、まさに本番さながらの緊迫感である。この瞬間を逃すまいと社長の村上もカメラを構えて動かない。そして、いよいよスタートの合図である太鼓が鳴った。 
 

『ドーン!』
 
「やーっ!!」
 男達はかけ声と共に走り出した。我々の腕にも緊張がはしる。何十人もの男達が、大声を出し、顔をゆがませながら、もの凄い勢いでかけてくる。 
 沿道から「バシャバシャ」と水を浴びせかける。この水をT勢い水Uという。舁き手達の体を冷やし、士気を高める。それと同時に山を組み上ている綱を締め上げる効果がある。 

 山はもう我々の目の前に来ている。社長の村上はカメラをここぞとばかりに連写する。私は少しでも迫力のある音を録ろうと、精一杯腕を伸ばしマイクを山に向ける。山は目の前をもの凄いスピードで通り過ぎ、そのまま清道旗を回る。その時にもの凄い砂塵が舞い上がる。 

 一瞬、その砂塵で山が消えた!「あっ」。録音をしているときに声を立ててはいけない鉄則を忘れ、思わず口からこぼれ出た。 

 次の瞬間、砂塵の中から山が姿をあらわし、我々の方にもの凄い勢いで向かってくる。それはさながら、闘牛場のワンシーンを彷彿とさせる。思わず後ずさりしそうになったが、何とか踏みとどまり彼等を待ち受ける。「ゴ〜!!!」という轟音とともに我々の目の前を通り過ぎ、すさまじい砂埃だけを残して櫛田を出ていった。 

 あっと言う間の出来事だ。約百十メートル余りの距離を、重さ1トンの山を担いで、三十秒ほどで駆けて行くのである。 

 凄い・・・。 

 これはまだ単なる練習なのだ。山笠にかける男達の意気込みが伝わってくる。櫛田を出たその山は、すぐに山止めに戻り、もう一度練習をして去っていった。今日は“他流舁”。このまま他の流れへ行ったのだろうか。 

 この活気をテレビ局の取材班が黙って見逃すはずはない。あまりにもよく知っている連中がカメラや機材を抱えてやって来た。しばらく我々は苦笑しながらそれを見物していたら、向こう側がこちらに気がついた。お互いになんともいえない笑みを浮かべ手を振りあう。 

 しばらくすると、別の山がやってきた。T東流れUのようだ。山は息を潜めてスタートの時を待っている。まるで獲物を狙う獣のようだ。あたりを見回すと、いつのまにか何処からともなく長法被を着た男達が桟敷を陣取っていた。よく見ると違う流れの男達だ。いわゆる、敵情視察というやつだろう。『ドーン』「ヤーッ!!」。雄叫びとともに山が動き出す。男達は全身にT勢い水Uを浴びながら山を舁く。 

 もの凄い勢いでやってくる!さっきのT土居流れUよりも、更に凄い勢いで清道に入ってくる。果たして曲がりきれるのか? 

 不安が的中した。T鼻どりUが懸命に舵取りをするが、勢いがつきすぎてカーブを曲がりきれない。その瞬間、T棒鼻Uの舁き手の足がもつれた! 

 「うわっ!危ない!!」

 T棒鼻Uの男は必死でT舁き縄Uにしがみつく。それと同時に山が急激に前へ傾く。台上がりが落ちそうになる。「ウワー!!」という奇声が櫛田の境内を駆けめぐる。 

 Tきゅうり舁きUが懸命にこらえる! 

 その隙に周りの男達が一斉に駆け寄る!! 

 「おおお・・」というどよめきが起こって、櫛田の境内に拍手が響いた。・・どうやら怪我人はいないようだ。 

 そして男達は何事もなかったかのように、また山を舁く。一歩間違えば大惨事になる事故だ。この華やかで、勇壮な祭りの陰にはいつも危険がつきまとう。 

 それでも男達は山を舁く。 

もう一回読むくさ!表紙にもどるったい!次に行きやい!こげんと読まれんばい!