7月10日
各流れが自分の町内だけを縦横無尽に山を担いで走り回る。
今年初めて山が動く時だ。
PM3:30 各流れのT詰所Uに男達が集合する。その日の台上がりのメンバーが発表される。そして山が置いている山小屋へ行く。
PM4:30 「ド〜ン!」太鼓の合図で「オイッサ、オイッサ」とかけ声の元、山が動く。
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[real audio 28.8]
録音担当:細見浩三
 7月10日、快晴。今日から、いよいよ山が動く。 

 一口に山と言っても山笠の山には2種類の山がある。T舁き山UとT飾り山Uだ。 

 T舁き山Uとは、実際に担ぐ山のことである。もともとは現在のものより大きいものだったそうだ。明治以降、電力の供給などの近代化にともない、あちこちに電線が張り巡らされた。その際、T舁き山Uによる電線の切断事故が相次いだ。これを重く見た行政から、山笠中止論が飛びだした。その結果、現在のような二種類の山ができたのである。 

 T飾り山Uは、左の写真に見られるような飾り立てた山のことだ。 

 午後3時。我々は収録用の機材を携えて櫛田神社に到着した。テレビドラマの収録の間隙を縫っての音ロケである。連日の強行軍で心身共にまいってきている。しかし、男達の熱気をもろに感じるここへ来て、そんなことは言っていられない。 

 収録用DATを長時間使用するためには、テレビカメラ用のバッテリーを使わないと駄目だ。長回しを予感して、2つもバッテリーを積んでいるせいかストラップが疲れた肩にズシリと食い込む。 

 T舁き山Uの前に行ってみる。T飾り山Uの豪華絢爛さやテレビの人気者で飾られた派手さはないが、どことなくズッシリとした趣だ。 

 いよいよこれが今日動き出す。 

 役員らしき数名の男達が、山の前の道に水をまき始めた。 

 見物人達も一斉に道の脇に追いやられた。 

 そして一人の男がゆっくりとT舁き山Uに登った。T舁き山Uに上がり、山の進行や舁き手の入れ替わりなどを指示する役のことをT台上がりUという。軽く深呼吸をするとゆっくりとあたりを見回す。何か喩えようのない緊張感がここにはある。それが一体何なのか・・・。一人の台上がりがコクリとうなずいてみせた。それに促されるかのように3,4人の男達がゆっくりと台にあがる。 

 ・・しびれる。この聖域に足を踏み入れた瞬間から、我々は甘美なる幻影のまどろみに身をゆだねてしまうのか? 

 遠くから「オイッサ、オイッサ」とかけ声が聞こえてきた。我に返った我々は、急いでその方向にマイクを向け、DATを回し始めた。100m先の角より子供大人含めた30人程の男達が現れ、駆け足で山に向かってきた。 

 山の男達の駆け足は我々が体育の時間にやっていたそれとは違う。決して手を振らないのだ。両手をまっすぐ太股の横のところに置き、軽く拳を握って「オイッサ、オイッサ」と走るのだ。 

 山の前に来た男達は、その集団のリーダーと思しき男が整列の号令を掛け、台上がりに御辞儀をする。そして、博多手一本で道の脇に寄る。すると、次から次に30人程の集団が続々とやってくる。 

 さっきまで見物人しかいなかった山の周りは、山の男達で溢れ返ってしまい身動きが出来ないほどになってしまった。 

 役員らしき男達が、その溢れ返る中からT赤手拭い(あかてのごい)Uの集合をかけた。このT赤手拭いUとは、山を担ぐときの若頭で、頭に巻くはちまきが赤色であるのが特徴だ。年で言うと20代中盤から30代後半で組織された男達のことである。年相応なら誰もがなれる役職でなく、子供のころより山にのぼせて来た脂ののった男達だ。 

 山の長老が言った。 
 「T赤手拭いUばもろうたら男として一人前と言うことや。嫁さんばいつもろうてもよか!」 
  
 T赤手拭いUの男達が山の棒に付いた。それに続いて続々と男達が棒に付く。いよいよ山が動く。総重量、約1トンもの山がぐらぐらっと動いた。棒を締め込んでいる縄が『みしみしっ』ときしむ。 

 T舁き山Uの人形に、男達が命を吹き込んだ。 

 午後4時30分、「ドーン!」と太鼓が叩かれた。山の出発だ。「ヤー!」と男達の威勢のいい声と共に山が「オイッサ!オイッサ!」と小気味よいかけ声で走り出した。後ろを追っかけようと思っていたがとんでもない速さであっと言う間に山が小さくなってしまった。 
  
 細い路地を抜けて、車が2台程通れる道に出た。T追い山Uの時のコースを走ると思い先回りしたのだ。勢い水が家の前に置かれている、まちがいない!山が走るコースだ。すると、「オイッサ!オイッサ!」と声が聞こえてきた。どっちから来るのか?右か・・、左か。山の姿は無いが、かけ声だけが近寄ってくる。その時後ろから、「ドケドケー!ドカンカー!」と怒鳴り声がした。振り返ると、我々が通ってきた細い路地を山が走ってきているのだ。車1台通るほどの道幅だ。山の横の部分を路地に隣接している家の壁にこすりながら幅ぎりぎりで進んでくるのだ。 

 T追い山Uのコースを走ると思っていたのが甘かった。 

 今日は“流舁”。山が各流れの町内だけを走るのだ。 

 この日だけは、町内をところせましと走るのだ。

もう一回読むくさ!表紙にもどるったい!次に行きやい!こげんと読まれんばい!