イントロダクション
6月中旬。九州地方も梅雨入り宣言された頃だったように思う。
ドラマディレクターの田中正から一本の電話が入った。
7月にFMでドラマをやるので音響効果を担当してくれないかという誘いである。
左の写真の男がその田中正ディレクター。ドラマの場合、演出家と呼ばれることが多いがここではディレクターで統一していく。

彼は大の“マーティンスコセッシ”フリークで、スコセッシの映画で観たことが無い作品は無いというくらい入れ込んでいる。

マーティンスコセッシとは映画監督の名前であり、あの普及の名作『タクシードライバー』をはじめ、『アリスの恋』『ニューヨークニューヨーク』『レイジングブル』『キングオブコメディ』『グッドフェローズ』『カジノ』『救命士』『ギャングオブニューヨーク』等を世に送り出した大監督である。かくいう私も、実は彼の映画の熱烈な信者の一人である。 

ディレクター田中は、これまでにも数え切れない程のオーディオドラマを作ってきた。『ロング・グッドバイ』『梅雨前線』『春が来た』『四角い聖域』。何れの作品にも、あらゆる映画からインスパイアされたエッセンスを感じ取ることが出きる。もともと私とは感性があうようだ。しかし、私と田中はこれまでに直接一緒に仕事をしたことがなかった。

数日後、作家の井田先生と田中が二人して事務所にやって来た。井田さんが“悪戯小僧”がなにかを企てる時のような笑みを浮かべながらスローモーションで近づいてくる。映画『ミーンストリート』でロバートデニーロが登場するときのようにローリングストーンズの名曲、『Jumping Jack Flash』が脳裏をよぎった。井田さんは、当サイトコラムの【業界屋台村】で、我々を誉めているのか茶化しているのか分からない事を書いてくれている九州作家陣のドンである。どうやら台本の一稿があがったとみえる。

「村上ちゃんよ(私のことです)。お前さんをヒイヒイ言わせるようなヤツができたぞ!」 

井田さん特有の言い回しである。ヒイヒイ言わされるのは女王様だけで十分だと思ったが(冗談です!)、井田さんがそんな事を言う時はそうとうに「ノっている」証拠だ。これは適当に相づちを打ちながらも慎重に事を構えなければイカンな、等と考えつつミーティングを終えた。 

内容は広島の原爆の話だ。 

「何故、福岡で広島の原爆をやるんだ?」とは思ったが、ネタの出所が山口県の山口県被爆者福祉会館(ゆだ苑)という場所で、そこにある200本以上の被爆から奇跡的に帰還した人々の証言テープ。その中の一人、金子弥吉さんに井田さんは魅せられたようだ。 

モチベーションがどうであれ、とにかく重い話であることに変わりはない。気を引き締めてかからないとえらいことになるな、と感じていた。