“それは、宇宙の声から始まった”

天文学者エリー・アロウェイ(ジョディ・フォスター)は、宇宙のどこかに知的生命の存在を信じ、ニューメキシコの砂漠に設置された27基もの電波望遠鏡を駆使して観測を続けていた。ヘッドホンを耳に当て、宇宙からのメッセージを待ち続ける彼女のもとに、ある日、それは突然“音”でやってきたのです(その“音”を実際に聴いてみたい人はここをクリック!)。 

ロバート・ゼメキス監督の映画『コンタクト』 のワンシーンです。“惑星ベガ”から発信されてくる“音(不思議な電波音)”が人類の探求心をくすぐり、未知なる宇宙との接触(コンタクト)という地球規模の大計画へと発展していきます。この映画の魅力は、何と言っても“音”が語り出すことでストーリーが展開していくところです。
私はこの音を聴いた瞬間に、「来たあ!」と唸らずにはいられませんでした。この音一発で勝負あったとさえ思ったのです。ただのノイズと思っていた“音”の中に、ヒットラーの映像や時空間移動装置の設計図といったデータが隠されていた・・。

投げかけた側の意識を“音”の波動が伝えていたのです。

一つの音の印象が、作品全体の流れをリードしていく。そういった例は数多く見られます。印象的な音のことを印象音、イメージ音もしくは心象音等と呼びます。世の中には印象的な音がたくさんありますが、コマーシャルでよく聴く音で大嘘なのがありますよね。ビールの栓を抜く『シュポッ!』とか、アーモンドチョコを食べた瞬間に『カリッ!』っていう音がするヤツですよ。子供の頃は本当にそういう音がするもんだと信じて疑わなかったもんです。駄菓子屋に行って、アーモンドチョコを食べまくりましたが、あんな凄い音は未だにしたことがありません。なのに、我々のイメージはあの『カリッ!』という音がアーモンドチョコなんですね。これは宣伝媒体における音の勝利といっても差し支えないと思います。パブロフの犬の原理と同じですね(多分)。では、そういった一つの音を繰り返し使っていくことで効果を生む手法の一例として、実際に我々が担当した番組で振り返ってみましょう。

弊社の細見が以前担当した番組の中に『点と線を追え!』というドキュメンタリードラマがありました。松本清張の出世作である、『点と線』を読んでない人はちょっと判りづらい内容でしたが、まあいいでしょう。社会派推理小説作家として名を馳せた松本清張の『点と線』をベースに、彼の頭脳に迫り、一人の男の軌跡を描くといったものでした。

私は原作である小説『点と線』を何度も繰り返し通読し、事件のトリックに使われている【列車の時刻表】【列車のダイヤグラム】や【旅行ブーム】といった情報を『蒸気機関車の警笛音』で象徴的に表現できないかと考えていました。

ダビング作業にはいり、
VTRの中の資料映像(当時のニュースフィルム)など機関車が出てくる映像にやたら汽笛を付けまくりました。そして、整音や音楽が一応に揃った段階で、スタッフ一同で試写(プレビュー)をしてみました。すると、機関車の映像に汽笛を付けることによってある程度の臨場感が増しましたが、ただそれだけです。何か映像に音を付けただけといった感じで内容に深みが出ていません。私は、なかなか巧くいかないものだと悩んでいました。そこに社長が現れ我々と同じように試写をしはじめました。始まって20分たつかたたないかぐらいで仁王のような顔をして私のところへやって来ます。

「何これ?音設計がメチャメチャで観てられない。汽笛なんて、まったくきいて無い!」
「えっ!!」
「で、一体全体汽笛で何を感じさせたいの?」
「いやあ・・・。(心の台詞)痛い、痛すぎるぜえ・・。」

いきなり核ミサイルで攻撃をくらった気分でした。演出を含め我々は黒澤監督の『どん底』状態です。

「汽笛そのもののイメージは悪くない。ただ、象徴的に使いたいのであれば知恵が必要だ。番組は現代の女性記者と少年のふれあいをとおして、松本清張の人間像を浮かび上がらせていこうという狙いがあるんじゃないの?」
「はあ・・。まあ、そうですね」
「つまり、若者達の【自分探しの旅】という普遍的キーワードと汽笛をリンクさせていく必要があるんじゃないのか?」
「旅、ですか?」
「それと清張の生き様を重ね合わせるんだ。冒頭に出てくる松本清張の自画像に蒸気機関車の警笛を付けてみたらどうだ?」
「清張の自画像?・・あぁ、編集社の黒板に貼られた自画像のアップか!」
「そうだ!清張の自画像からモノレールの走り出しのモンタージュ。ここから物語が出発するという意味だ!!」
「なるほど・・」

その場でためしに付けてみました。そして、“汚職や自殺現場に佇む清張のスナップ写真”、“清張が芥川賞受賞後上京するシーンに使われている小倉から東京までの地図の映像”。一見すると直接関係がないように見えるカットに汽笛を付けました。すると、事件のトリックに使われた時刻表(ダイヤグラム)や旅行ブームといった時代背景や、現代に生きる女性記者の心情等がたくみにリンクしてくるではないですか!東京、福岡、北海道と日本列島を舞台として描かれた『点と線』と、当時の蒸気機関車の勇壮な姿。そして、44歳で作家人生をスタートさせた松本清張の実像が、汽笛という普遍的要素の音でつながれ、高度経済成長を遂げる昭和を背景とした清張の生き様を浮き彫りにしていきます。


映画『コンタクト』の“不思議な電波音”と同じように、汽笛の音がストーリーを展開させていく“音”になって行ったのです。

まさに“音”が語り始めた瞬間でした。